モノにお金を使うのは無意味。賢いお金の使い方。

僕は今スーツケース1つに収まる荷物量で生活しています。

ボトムスは2本しか持っていませんが、意外にいけちゃいます。

モノを減らしてモノを増やさない事にしたのは、単にノマドを目指し身軽になりたかったから、だけではありません。

モノの無意味さに気づいてしまったからです。気づくのに25年かかりましたが。

無意味なモノにお金をかけるのをやめて、もっと意味がある事に使う事にしたのです。

考えれば凄く単純な話です。知識、経験、健康のような、自分が死なない限りは存続するものにお金をかけることにしたのです。

女性の例が分かりやすいかもしれません。消耗品である服などにお金をかけるより、美容やエステなど自分自身を磨く方がよっぽど賢いということです。服に依存してる場合その服が無くなったらアウト。でも自分自身がキレイだったらどんな服を着たって美しくいられるものです。

世の中にはモノ中毒、モノにアイデンティティを見出している人が多いと思います。この人達はお気に入りのモノが傷ついたり無くなったりしてしまったらどうするのでしょうか?それよりも知識、経験、思い出など自分自身に蓄積できることにお金を費やす方が賢くないですか?

モノをいくら集めても、何も墓場に持っていくことはできないのです。(それは突き詰めれば知識も経験も思い出も同じでしょうが、まだモノよりは存続性があるでしょう。)

考えれば簡単な話ですが、この消費中心の社会においてはなかなか見えにくいのかもしれません。

そして実はこれはモノに限った話ではありません。

よく自分が名門企業に勤めていることに誇りを持っている人を目にします。つまり会社にアイデンティティを見出している状態です。

そんな人はその会社が潰れたり首になったりしたらどうするのでしょう?

僕も最初は名門と呼ばれる企業に勤めていて、それが全てだと思っていました。しかしその企業は突然潰れ、その名前をとったら何も無い自分がいたことに気づいたのです。

モノにしても会社にしても、自分の外にアイデンティティを見出そうとしてはいけません。

それよりも死ぬまで続く自分の体、頭、経験などにお金を使って自分自身を磨くことの方が、長い目で見て実のある出費になることでしょう。

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常見 藤代
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