始業時間に厳格であるのは構わないが、ならば終業時間もしっかりしよう

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photo credit: Alessandro Baffa via photopin cc

「9時までに遅刻せず会社に来る」ということは、本当に重要な事なのだろうか。

このような記事があったのだが、個人的には与えられた仕事さえちゃんと期限通りにこなしてれば別に多少の遅刻はいいと思う。もちろん、これはあくまで「サラリーマンの始業時間」という観点で見ればの話で、大事なミーティングや約束、旅行時の新幹線でも何でも、基本的に10分前行動が望ましいことは異論の余地がない。何事も時間に余裕を持って準備をすることはいいことであるし、ミーティングや約束については遅刻をすれば相手に対して確実に失礼だからである。

「サラリーマンの始業時間」についても似たようなことが言え、遅刻すれば同僚に迷惑をかけたりする場合もあるのだが、大抵の場合、5分10分遅刻して業務に支障が出るようなことはない。(コールセンターなど顧客と決まった時間接する業務を除く)それにもかかわらず、この社会は「始業時間絶対主義」みたいになっており、1分の遅刻でも許されない雰囲気がある、というのはサラリーマンを経験したことある人間なら誰でもご理解いただけるだろう。始業時間に遅れそうで駅から必死に走っているサラリーマンを毎日のように見かけるが、そのうちの果たして何人が「本当に」走る必要があるのだろうか。

では仮に百歩譲って「始業時間絶対主義」を認めたとしよう。ならば「終業時間」についても同様であるべきである。ところが面白いことに、日本のサラリーマン社会では終業時間にピッタリ帰るとどうもイケナイ雰囲気がある。始業時間ピッタリに「おはようございます」を求めるのならば、終業時間ピッタリに皆立ち上がって「お疲れ様でした」であるべきなのに。もちろん仕事量が多いことによる残業は仕方ない。しかし、「周りの目を気にして残業」などの「残業我慢大会」が日本の会社では頻繁に行われている。出社時間には厳しく退社時間にはルーズ、なかなか都合のいい話である。

日本では残業がデフォルトになっており、「して当たり前」「するのは良いこと」みたいな風潮があるが、本当なのだろうか。「日本人の生産性」は先進国で19年連続最下位 であり、どうも良いことのようには思えない。極端な例だと、終業時間になってようやく仕事に力を入れ始める人さえいるが、これは個人的に極めて理解しがたい光景である。それよりも、さっさと家に帰って副業や起業をしたり、家族や友達と過ごしたり、遊びに出て消費活動でもした方が、よっぽど個人にも日本のためにもなる。人生は短い。

以上の話は「始業時間に厳格なら終業時間もそうあって当然」という仮定なので、逆に言えば「始業時間にルーズなら終業時間もルーズにできる」ことになるのだが………「サラリーマンの始業時間」がここまで厳格なのはなぜなのだろうか?

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