少ないモノで生活するということ

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[原文] Living With Less. A Lot Less.
[著者: GRAHAM HILL]
TwitterとSquareの創業者であるJack Dorseyさんがシェアしていた記事。
成功者であり億万長者である彼がこの記事をシェアしたのは興味深いことです。彼もまたノマドやミニマリスト思考の持ち主なのでしょうか。

ノマドになりたいかどうかに関わらず、モノとの付き合い方を考える上でとても良記事だと思うので、日本の皆さんにも読んで頂けるよう簡単に訳してみました。以下がその訳になります。

私は39㎡の1ルームに住んでいる。ベッドは折り畳んで壁に立てかけてるタイプのものだ。シャツは6枚しか持っていない。サラダや主食を食べるのに使うおわんは10個しか持っていない。私の家に知人を招いてディナーをする時は、折りたたみ式のテーブルを広げて使う。CDやDVDは1枚も持っていないし、本も以前持っていた量の10%まで減らした。

90年代後半の時と比べると今の私は大分良い生活を送っている。当時は、ネットベンチャーを売却して得た大金で、デカイ家を買った。そして電気機器や車などありとあらゆるモノを買いまくってその家を埋め尽くした。

私の人生はこれらのモノに振り回されることになった。私が消費したモノは結果として私の人生を消費することになったのだ。私の境遇はとても珍しいものだったが(30歳になる前にネットベンチャーで大儲けする人はそんなにいないだろう)、私とモノとの関係はそうでもなかったようだ。

数々のスーパーマーケットや24時間利用可能なオンラインストアによって、私たちは過剰にモノが溢れた世界に生きている。社会的な地位に関わらず、誰でもモノに溢れた生活を送ることができるし、実際に多くの人がそういう生活を送っている。

しかし、これらのモノが人々をより幸せにしているようには全く見えない。実際はその逆のように見える。

全ての不要なモノを処分して、少ないモノでより大きい、より良い、より豊かな人生をスタートするのに、私の場合は15年と、多大な愛と、たくさんの引っ越しを要した。

全ては1998年にシアトルで始まった。私がパートナーと共にSitewerksというインターネットコンサルティング会社を売却した時のことだ。その売却によって、生涯賃金を遥かに上回る大金を私は一気に手に入れた。

お祝いとして、シアトルで最もアツイCapitol Hill近郊に位置する、334㎡のトレンディーな家を購入した。そして狂ったかのように、新品のカウチソファ(人生初)、3万円のサングラス、更にはAudible.comの音楽プレーヤー(世界で初のデジタル音楽プレーヤー)やオーディオファンにはたまらない5ディスクCDプレーヤーなどのガジェットを大量に購入した。もちろん、ターボチャージャーとリモートスターター搭載の黒ボルボも買った。

私はSitewerksの新しい親会社であるBowneのために沢山働いていたので、自分の家のために色々揃える時間がなかった。そこで、Courtney Loveのアシスタント経験もあるらしいSevenという男を雇って、私の代わりに買い物に行かせた。彼は家具屋や電気屋を周り、私が気に入りそうなモノの写真を撮ってきた。私はそれらの写真から好きなモノを選び、色んなモノを買った。

私の成功とそれがもたらしたモノは、すぐに新体験からごく普通の事になってしまった。いつの間にか私は全てのモノに飽きていたのだ。新しいノキアの携帯で私は興奮することも満足することも無かった。間もなく私は、理論上は最高なはずのその生活が、なぜか全然良く思えず、むしろ私は不安を感じてしまうようになった。

私の人生は意味も無く複雑だった。そこには刈らなければいけない芝生、キレイにしなければいけない溝、掃除をしないといけない部屋、世話をしないといけないルームメイト(1人で住むにはデカすぎる家だった)、メンテナンスをしないといけない車があった。あげくの果てに、Sevenに仕事を与えなければいけなかった。買い物代行係?私は一体何様だ?一度も仕事に応募をしたつもりは無いが、私の家とモノは私に余計な仕事を与えてしまったのだ。

事は更に悪化した。会社を売ってすぐ、ニューヨークにあるBowneのオフィスで働くために私は東海岸へ移った。そこで私はネット起業家の拠点に適した176㎡のSoHo部屋を借りた。その新しい家には家具や電気機器が必要だった。それらを買うために更に余計な時間とエネルギーを使った。

そしてその部屋はとても大きかったので、ルームメイトを探す必要性にかられた。それで更に時間とエネルギーを使う事になるのだが。シアトルにまだ家があったため、やがて2つの家について心配するようになっていた。遂にニューヨークに残る事を決めたとき、シアトルの家のモノを処分するのに数ヶ月に渡る大陸横断が必要だったしお金も使った。何よりも頭が痛かった。

明らかに私はラッキーだった。みんながみんなネットベンチャーで成功出来るわけではない。しかし過剰なモノによって人生がメチャクチャになってしまったのは私に限ったことではないだろう。

去年出版された「21世紀における家庭生活」という文献で、UCLAの学者達はLAの中流階級32家族を調査し、所持品を処理する際にそれぞれの母親のストレスホルモンが急激に増加する事を発見した。この調査の対象となった家族の75%は、なんとモノがありすぎて車を車庫に駐車することもままならなかった。

私たちが持つモノへの愛着は生活の全てに影響してくる。例えば、家のサイズは過去60年で膨れ上がった。1950年のアメリカの家の平均サイズは91㎡だったが、2011年までにそれは230㎡に増加したのだ。そしてその数字だけが全てでは無い。1950年は、1つの家に平均3.37人の人が住んでいたが、2011年にはそれが平均2.6人にまで減少していた。それは60年前に比べ、今は1人当たり3倍以上のスペースを有していることを意味する。

そして2兆円の市場規模を誇るレンタル倉庫産業が証明する通り、こんなに大きな家でも私たちのモノを全部収納するには不十分なのだ。

私たちは何をそんなに保管しているのか?実はアメリカ人が消費するモノのほとんどは保管さえされずゴミ箱にいくのだ。

自然資源防衛協議会のレポートによると、アメリカ人が買う食べ物の40%はそのまま直接ゴミ箱にいってしまうのだ。

大量消費は世界の環境や社会問題を引き起こす。最低335ヶ月連続で、地球の平均温度は20世紀平均を超えたのだ。議会のレポートが説明する通り、温暖化、海の酸化、北極海や氷河の溶解は主に人間の活動が原因となっている。資源抽出から製造から廃棄物処理までの全ての消費活動が、地球を滅亡へと導く主要因になり得る事を多くの専門家が指摘している。そしてFoxconnや北京のスモッグの例から分かるように、私たちが日々買うモノは、海外の安い労働と甘い環境規制を搾取して作られているのだ。

私たちはこのように延々とモノの消費を続けていった所で、最終的に目に見えるような幸せを勝ち取る事ができるのだろうか?

最近の調査で、ノースウエスタン大学の心理学者Galen V. Bodenhausenは、消費活動と異常行動や反社会的行動を関連づけた。Bodenhausen教授は、「消費マインドを活性化させる状況においては、個々人の性格に関係なく、人々はネガティブ思考や社会的離脱などの似たような問題的行動をとる。」という事を発見した。1950年以降アメリカ人の消費活動は劇的に増加したが、幸福度は全く上がっていないのだ。

私がSoHoに住み始めた最初の1ヶ月に起こした異常もしくは反社会的な行動は、私が部屋で集めていたモノが原因だったとは知らなかった。しかし私はとりあえず事を続け、お世辞にもスタートアップとはいえないものをいくつか起業していた。その時Olgaに出会い、一瞬で恋に落ちたのだ。そして私のモノとの関係は一瞬にして終わった。

私はOlgaのビザが切れた際にスペインまで彼女についていった。そこで私たちは小さな家に住み幸せで愛に満ちた一時を過ごした。スペインに私たちを縛り付けるものは何も無いと分かるまで。少ない衣類や生活用品を詰め、ラップトップを持ち旅に出た。バンコク、ブエノスアイレス、トロントなど色んな場所に住んだ。

ビジネスをせずにはいられない気性で、太陽光発電パネル付きのバックパックを使っていつも仕事に取り組み、会社をいくつか作った。We Are Happy to Setveのような慈善家ぶった会社をいくつか作った。あのNew York City Anthoraのコーヒーカップの再使用可能なセラミック版を作ったり、私が後にDiscovery Communicationsに売る事となる環境関連のブログTreeHugger.comを作るのが事業内容だった。私の人生は愛と冒険と意義ある仕事で満ちていた。自由を感じたし、車や家やガジェットが恋しいとは一切思わなかった。まるで行き詰まった仕事から遂に解放された感じだった。

Olgaとの関係は最終的には終わってしまったが、私の人生は完全に変わった。私はより少ないモノで生活し、移動する時も身軽になった。前より時間もお金もある。私は移動する癖があるが、それは出来るだけやめようと思っているし、移動する際はカーボンオフセットを購入している。移動癖はさておき、以前に比べて二酸化炭素排出量が減った暮らしというのは気分が良いものだ。

人生で一番はモノではなく、人間関係や経験や意義ある仕事こそが幸せの源泉だということを私たちは直感的には知っている。

私はみんなと同じくらい物理的なモノが好きだ。学校ではプロダクトデザインを勉強した。私はガジェットや服や色んなモノにはまっている。しかし物理的なモノはある点を境に、それが本来満たすはずの精神的欲求まで打ち消してしまう、ということを私は経験から学んだ。

Olgaとバンコクの道を歩き回った時間は、私がこれまで保有したモノなんかよりも遥かに貴重なものだ。物理的なモノが物理的な空間だけでなく、精神を埋めつくしてしまう事はよくある。

私はまだ連続起業家をやっており、私の最新のベンチャーは、私たちの人生をサポートしてくれるような小さな家をデザインするのが仕事だ。大きい家では無い。私が住んでいる39㎡の家のように、私がデザインする家はモノが少なく、所有者のお財布と環境に優しい。私の家には4人が心地よく眠る事ができる。12人のディナーパーティをする事もよくある。私の家は頑丈で、安くて、その2倍のサイズの家と同じくらい機能的だ。TreeHugger.comの創始者としては、不要な資源を使っていないと知っていた方が良く寝れるものだ。モノは少ないが、より人生を楽しんでいる。

私のスペースは小さいが、私の人生は大きいのだ。

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