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【常識を疑え】「正しい」服装・格好とは何か

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私たちは激動の時代を生きています。

テクノロジーの進化は年々加速し、人間の機械化、機械の人間化が着々と進んでいます。

そんな変化の激しい時代において、昔から今まで「常識」や「正しい」とされていることが、将来的には全く意味を成さなくなる可能性もあると、私は考えています。

私はどんなに「正しい」こと、つまり今この瞬間100人に聞けば100人がそうだということでも、疑うようにしています。頭を本当にまっさらにして考えると、それが「正しい」理由は、みんなが正しいと思っているからに過ぎない、というケースが多々あります。それ以外の「正しい」理由を誰も説明できないのです。

今日は、【常識を疑え】シリーズと題して、私が日々疑問に思っている「正しい」服装や格好についてお話しします。2つの遂になっている写真を元にお話しします。「正しい」服装・格好と「間違っている」ものです。

仕事着

仕事着

さぁビジネスの現場において、どちらが「正しい」格好かわかりますか?

当たり前にAですよね。皆さんもそう答えるはずです。

ちなみに私がAを選んだ理由は、それが何で正しいかを説明できるわけではなく、Bと言ったらみんなにブーイングをくらってしまうからです。

本心は「Bでもいいだろ」と思うわけですが、「常識的に」「世間的に」そう答えてはいけないと思うわけです。おじさんがたにボコボコに怒られます。

でも皆さん、「みんなが正しいと思っているから」という理由以外で、何でAが「正しい」かを説明できますか?出来るならめちゃ気になるんで聞いてみたいです。

例えばウィキペディアによると「スーツ」という文化・慣習は19世紀にイギリスで始まったそうです。その慣習が今にも引き継がれていますよと。

しかし、この歴史的な背景を除くと、スーツが正であるという論理的な理由を誰も説明できないのです。

慣習や歴史がそうなってて皆がそうしてきたから、スーツは正なのです。仮にスウェットの方が着心地がよく生産性が上がるかもしれないとしても。

「まとも」な人

まとも

上記の仕事着は「正しい」格好の典型的な例でした。とりあえずスーツを着ておけば間違い無いよと。

次はさらに物議をかもしだすかもしれません。どちらが「まとも」な人に見えますか?

これも当たり前にAですよね。皆さん同意するはずです。

でもそれが何でなのか言語化して説明できますか?ピアスやタトゥーや髪染めが「正しくない」理由を。

私には説明できません。私がAですよねと言ってる理由は、仕事着の場合と同じで、単純にみんながそう答えるだろうからです。

ピアスやタトゥーと比べると、相対的に何でAは「まとも」なんですか?誰か説明してください。

体を掘ったり穴開けたりするのが良くないからだって?じゃあ将来的にコンピューターを身体に埋め込む時代が来たとしたら、そう言う人は乗り遅れてしまいますね。

私たちがいかに「世間」「大衆」「周り」「常識」「歴史」「慣習」といったものに引きずられているかがよく分かる例です。それを除いた場合の自分の意見は何でしょうか?

清楚な女性

女性

こちらもスーツほどはわかりやすくないですが、日常でよく目にする例です。

どちらが「相対的に」清楚に見えますか?

こちらも大多数がAと答えるでしょう。

私たちは生まれてから今まで、メディアなどを通じて、「何が清楚で何がみだらか」のイメージを植え込まれているからですね。

でもそういう慣習とか1度無視してまっさらな頭でもう一度見てみましょう。Bはただおヘソ出しているだけじゃないですか?

未来の仕事着

pepper

仕事着に話を戻しますが、来たる人口知能の時代において、どちらが「正しい」仕事着ですか?(想像がつかないので今1番わかりやすいPepper君を使用)

人間の仕事を奪っていくと言われている人口知能ですが、彼らと一緒に仕事する日もくるかもしれません。

そんな時、彼らにも「裸はやめてスーツを着ろ」とか強要するんですかね?

確かにPepperくんは裸だしスーツも着ていないですね。でも多分誰もそんなことは気にしないはずなんです。

なぜPepperくんは許されるのか?人間じゃないから?

いや、新しいからなんですよね。つまり、今までの「常識」や「慣習」の枠組みを超えちゃっているからなんですよね。

こういうケースってどんどん増えてくると思います。

「常識を疑う」の意味

「常識を疑え」という言葉をよく耳にしますが、それを言う人ほど常識に染まっている場合が多いです。

「常識を疑う」の本当の意味は、そもそもシステムや枠組みに依存しないことです。社会といった「枠組み」の中で常識を疑ってもそれはそもそも「常識の範囲内」で常識疑っているだけに過ぎません。

上記のPepperくんがいい例で、「慣習」に当てはまらないのがこれからどんどん出てきます。そんな時に備えて必要な力は、本当にゼロベースで物事を疑う力だと思います。

「人を殺してはいけない」というような、人類が本能的に持っている「絶対的に」正しいことはもちろん存在します。

ですが、世の中の「正しい」ことのほとんどが、人が社会などで生きていくうちに後天的に身に付けたものです。つまりみんなが「正しい」というから正しいみたいな。

本当に「正しい」ことなんて、実際はほとんど存在しないんですよね。

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